【記事】シナリオ7〜9

こんにちは、クリスティーヌ中島です。
漫画の練習の一環で、20枚シナリオを作っています。
その中から気に入ったものをご紹介します。


7 お母さんのダイエット(課題:ホームドラマ)
8 葵の背信(課題:裏切りの一瞬)
9 桜下美人(課題:時代劇)
1〜3はこちら
4〜6はこちら


7 お母さんのダイエット

岡田響子(49)主婦。料理教室の先生。
       旧姓南野。
岡田昭夫(51)サラリーマン。リフォーム
 会社勤務。
岡田飛鳥(17)高校生
岡田修一(10)小学生
高橋(49)響子の高校時代の同級生
テレビの司会者

○岡田家・外観
   住宅街の一軒家である。

○同・居間
   岡田昭夫(51)、岡田響子(49)、岡田
   飛鳥(17)、岡田修一(10)がテーブ
   ルについて食事をしている。昭夫は新
   聞を読みながら食事をしている。響子
   は太めの女性である。
   電話がかかってくる。
響子「はいはい、ただいま」
   響子が固定電話をとる。
響子「ええっ、テレビ? 本当に? ええ、
 ええ、知ってるわ。主婦向けの。わかった
 わ。まずはお話を聞いて。ええ。それじゃ」
   響子は電話を置く。
飛鳥「お母さん、どうしたの?」
響子「ああ、びっくりした。お母さん、趣味
 で料理教室開いてるじゃない? 吉田さん
 の旦那さんがテレビ局で働いてて、料理を
 テレビで紹介したいんですって」
飛鳥「すごいじゃん!」
響子「来週、打ち合わせをして、来月収録で
 すって」
   響子がテーブルに戻ってきて、そっと
   目で岡田を見る。岡田は新聞をめくっ
   ている。
響子「いいわよね? お父さん」
   岡田は新聞をたたむ。
岡田「止めといたほうがいいんじゃないか」
飛鳥「ええっ、なんで? お母さんの料理、
 その辺のお店のよりずっと美味しいのに」
   食卓には色とりどりの食事が並んでい
   る。
岡田「料理教室は、趣味の範囲内だと思った
 から許したんだ。うちがテレビなんて映る
 のは嫌だぞ」
響子「お父さんが映るわけじゃありませんよ」
岡田「だいたい、テレビ見てる人がお母さん
 を見たら、料理作る気が失せるよ。そんな
 子豚みたいに太ってたんじゃあ」
   響子は立ち上がる。怒りで震えている。
響子「ひどい! お父さんのアホ! うちか
 て好きで太ってるんちゃうわ!」
   飛鳥は修一に耳打ちする。
飛鳥「やばい、お母さんの関西弁が出た」
響子「料理はうちの生きがいやのに!
 昭夫さんはなんもわかっとらんわ! いっ
 つも黙ってて美味しいともなんとも言わへ
 ん!」
   響子は机から離れると新聞を岡田に投
   げつける。岡田は腕でそれを防ぐ。岡
   田はあっけにとられている。
   修一はおとなしく食事をしている。修
   一の頭上をスリッパや雑誌が飛び交う。
   響子は食器棚から食器を取り出す。
飛鳥「お母さん! それ、お客さん用の高い
 やつ」
   響子はためらい、食器を戻す。
響子「えええい。お父さんなんて離婚よ」
   響子は左手の薬指から指輪を抜こうと
   するが、力一杯引っ張っても抜けない。
響子「もういい!」
   響子はリビングから出て行く。

○住宅街
   制服姿の飛鳥がカバンと、ラクロスの
   ラケットを持って歩いている。

○岡田家・外観
   飛鳥が玄関へ入る。
飛鳥「たっだいまー」

○ 同・リビング
   飛鳥はカバンとラケットを置く。
飛鳥「ねえ、録画できてる?」
   修一はソファに座っており、うなずく。
   飛鳥はソファに座り、テレビをつける。
   岡田はリビングに背中を向けてテーブ
   ルに向い新聞を読んでいる。
   テレビから映像が流れる。色とりどり
   の食事が紹介されている。
テレビの司会者「お野菜が多くてとても美味
 しそうですね」
   おしゃれをした響子が答える。
響子「ええ。お野菜のテリーヌです。テリー
 ヌってカタカナで聞くと難しそうですけど、
 要は煮こごりで固めただけなんですよ。
 ご家庭でも簡単にできます」
司会者「体にも良さそうですね」
響子「はい。実は、家族に太りすぎだって注
 意されて。お料理好きだから仕方ないって
 思ってたんですけど、ダイエットに向くメ
 ニューも研究しようと思ったんです」
   響子は少し恥ずかしそうである。
飛鳥「お母さん、ちゃんと映ってるじゃん」
   修一はうなずく。
飛鳥「お父さん。お母さんのダイエットが成
 功して指輪がとれたら、離婚されちゃうん
 じゃない?」
   岡田は新聞を広げたままである。
岡田「ずっと主婦だったお母さんが、離婚な
 んてできるか」
飛鳥「テレビの仕事が増えたりして。
 あたし、離婚したらお母さんについてい
 こうかな。お母さんがんばってるじゃん」
   岡田は新聞を畳んでテーブルに置く。
岡田「修一。お前はどうなんだ。どっちにつ
 いてくる」
   修一はうつむき、リビングから出て
   行く。
飛鳥「お父さんそういうとこよねー」
   飛鳥もリビングから出て行く。

○岡田家・外観(夜)
   夜の岡田家である。

○同・リビング(夜)
   電話がかかってくる。パジャマ姿の響
   子が電話をとる。
響子「もしもし」
高橋の声「もしもし、南野?」
響子「えっ」
高橋の声「あ、今は違うんやっけ」
響子「はい、響子です。どなた?」
高橋の声「俺や、俺、おれおれ」
響子「もしかして高橋くん?」
高橋の声「そや、何忘れてんねん」
響子「わー、久しぶりやねえ!」
高橋の声「こないだテレビで観たで。すまし
 て料理してるとこ」
響子「すましてて何よ。あれが平常運転や」
高橋の声「ははは。高校の時と変わってへん
 な。今度、同窓会しよとおもててな。お前、
 何回か引っ越して連絡とれへんだんやけど、
 テレビみて実家に連絡さしてもろたわ」
響子「ありがとう」
高橋の声「テレビみておもたけど、お前、ほ
 んま変わらんな」
響子「やめてよ。もうおばさんや」
高橋の声「おれはおっさんやけど南野は変わ
 らんよ。同窓会のハガキ送るから、住所教
 えてくれへん」
   × × ×
   響子は電話を切る。
響子(心の声)「高校のときから15キロは太
 ったのに、変わらないなんて、お世辞ね」
   響子は両手を挙げて拳を握る。
響子「ようし、同窓会までにダイエットよ」
   響子は体をひねる運動を始める。
   廊下の影から修一が響子をみている。

○岡田家・外観(夜)
   夜の岡田家である。スーツ姿の岡田が
   帰ってくる。

○同・リビング(夜)
   岡田が部屋に入ってくる。ソファに修
   一が座っている。テーブルの上に岡田
   の分の食事が置いてある。
岡田「修一。いたのか」
   修一はうなづく。修一は宿題をしてい
   る。岡田は上着を脱ぎカバンを置く。
修一「お母さんはお風呂」
   岡田はテーブルの上の紙を手に取る。
岡田「これ、お前のテスト、100点じゃな
 いか。よくやったな。お前はお父さんに似
 て頭がいい」

○同・風呂場の脱衣所(夜)
   頭と体にタオルを巻いた響子が体重計
   に乗っている。不安そうな顔が喜びに
   変わり、ガッツポーズをする。

○同・リビング(夜)
修一「お父さん。お母さん、痩せてきたね」
岡田「それがどうした」
修一「僕は嫌だよ。お母さんの指輪がとれた
 らどうするの。お父さんはどうするの」
   岡田は食事を始める。修一は部屋から
   出て行く。廊下から足音がしてパジャ
   マ姿の響子がやってくる。
響子「修一! お母さん、とうとう目標体重
 になったの! あ、お父さん。おかえりな
 さい。見て!」
   響子は嬉しそうに外れた指輪を見せる。
響子「私、痩せたと思わない? 10年前の体
 重よ」
   岡田は箸を置く。
   岡田は指輪を受け取る。響子ははっと
   した表情で指輪と岡田を見比べる。
岡田「じゃあ、新しいのを買いにいくか」
響子「えっ」
岡田「結婚10周年にも何もしなかった。
 そのう、お前の料理はうまいよ」
   響子は呆然としている。
岡田「悪かったよ。馬鹿にして。太ってても
 痩せててもいつも元気でいいよ。お前は」
   岡田は指輪を響子に渡す。


8 葵の背信

長谷川葵(7)小学生
長谷川葵(29)警官
長谷川敏郎(40)会社員
長谷川敏郎(62)無職
岡田裕一(26)警官。葵の後輩
安田(42)警官
村山(47)警官
ホームレス(50)無職
炊き出しに並ぶ人たち
警官たち

○教会前
   教会前の広場に人が集まっている。炊
   き出しが行われている。エプロンをつ
   けた長谷川三郎(40)が、大鍋から雑
   炊をすくってお椀をもって並んだ人へ
   配っていく。長谷川葵(7)が父親の
   後についてまわっている。
   お椀によそってもらったホームレス
   (50)が長谷川に話しかける。
ホームレス「なあ、あんた。俺だけ少ないん
 じゃないか」
長谷川「そんなことはありませんよ」
ホームレス「もうちょっと入れてくれたって
 いいだろ。な」
長谷川「そうしたいのは山々なんですが、一
 人でも多くの方に食べてもらいたいので」
ホームレス「馬鹿にすんなよ!」
   ホームレスは声を荒げて長谷川につか
   み掛かる。長谷川はよろける。周りの
   列に並んだ人たちが、「勝手なことすん
   なよ」等文句をいい、ホームレスをな
   だめる。葵は長谷川の服を掴む。
葵「お父さん」
長谷川「ん、トイレか?」
   長谷川は他の人に一礼して鍋を任せる。
   長谷川と葵は炊き出しから離れる。
葵「お父さん。どうしてあんな人たちにご飯
 をあげるの」
長谷川「どんな人の中にも善い心はある。お
 父さんはそう信じてるんだ。葵もあの人達
 を信じてあげなさい。心から信じて応援し
 てあげれば、あの人達も立ち直れるんだ」
   葵は行列を振り返って、また長谷川を
   みる。葵は大きくうなずく。
葵「うん」

○福岡警察署・外観
   入り口に福岡警察署とある。
   スーツ姿の長谷川葵(29)が入ってい
   く。

○同・刑事課
   刑事達は電話をしたり、防弾チョッキ
   を着てざわついている。
葵「おつかれさまです。岡田くん、どうした
 の」
岡田「事件です。16時5分にコンビニで立
 てこもり事件が発生しました」
   葵は鞄を置き、ロッカーから防弾チョ
   ッキを取り出す。
葵「場所は?」
岡田「松島六丁目です」

○道路
   岡田が運転席に座っている。葵は助手
   席に乗り込む。車は発車する。
岡田「安田さんと村山さんはもう着いてるそ
 うです。犯人は拳銃を携帯。客と店員合計
 3人を人質にしています。特殊捜査班の応
 援ももうじきです」
葵「大体、コンビニで立てこもりってなんな
 の。コンビニ強盗ならわかるけど」
岡田「強盗したはいいけど逃げられなくなっ
 たんじゃないですか」
葵「無計画ね。犯人の身元は?」
岡田「逃げた客の一人が写メしたのが、けっ
 こうよく撮れてて、身元を洗ってます。見
 ますか?」
   岡田はポケットから携帯を出し、葵に
   見せる。帽子を被った初老の男が映っ
   ている。
葵「…この人知ってる」
岡田「えっ、まじすか! 知り合いですか」
葵「私のお父さん」
   葵は呆然としている。

○コンビニの前の駐車場
   コンビニ入り口を警官たちがとりまい
   ている。
   パトカーが数台停まっている。拡声器
   を持ち、防弾チョッキを着た安田(42)
   と、村山(47)が立っている。
   車が到着する。防弾チョッキを着た葵
   と岡田が出て来る。葵は拡声器をもっ
   た安田に話しかける。
葵「安田さん」
安田「遅いぞ」
葵「私に犯人を説得させてください」
安田「なんで。下手に刺激するな。犯人は銃
 を持ってるんだぞ」
葵「犯人は私の…あの……父親なんです」
安田「本当か。確かなのか」
村山「もうすぐ特殊捜査班が来ます」
葵「借金を苦に失踪してた、長谷川敏郎、私
 の父親です。間違いありません」
安田「間違いないんだな。なら、やってみろ。
 いいか、マスコミもいるぞ」
   葵は拡声器をうけとってコンビニに向
   かって話しはじめる。
葵「ええっと、コンビニの中の犯人! あな
 た、長谷川って名前でしょう?」
   コンビニはブラインドがおろされてい
   る。
葵「私も長谷川っていうの……長谷川葵! 
 わかる? 私のことわかるよね?」
   ブラインドの隙間からちらりと犯人の
   影が見える。
葵「あなた、長谷川敏郎でしょ? お父さん! 
 葵よ」
   葵は一歩前に進み出る。
   コンビニの戸が少し開く。警官は一斉
   に銃を構える。長谷川は人質に銃を押
   し当てて、少し戸から身体を見せる。
長谷川「嘘付け! 葵なわけあるか」
葵「お父さん。昔、日曜学校の先生してたで
 しょ。どんなすさんだ人の心の中にも良い
 心があるって教えてくれた。私、お父さん
 がいたから警官になったのよ」
長谷川「まさか、そんな……」
葵「忘れちゃったの? お父さん!」
   安田が後ろから葵を呼ぶ。
安田「長谷川!」
   葵は拡声器で話すのをやめてパトカー
   の後ろへ戻る。
安田「特殊捜査班がコンビニの裏口に待機し
 てる。犯人の隙をみて突入するそうだ」
   安田はコンビニ周辺の地図を拡げてみ
   せる。
葵「私が説得します。投降させてみせます」
安田「説得は難しいぞ。人質事件は長引いた
 っていいことないんだ」
   安田はため息をつく。
安田「大体、お前が警官だってばらす必要
 なかったんじゃないのか」
葵「嘘があると言葉に説得力がなくなります。
 犯人に信じてもらえません。私を信じても
 らわないと投降させられません」
   コンビニを向いた警官たちがざわつく。
   長谷川が人質に銃をつきつけ、戸を半
   分開けている。
長谷川「車だ! 車をよこせ」
   葵は防弾チョッキと上着を脱ぎ、内側
   のホルスターも外す。葵はホルスター
   から銃だけ取ってベルトの背中側にさ
   す。葵は拡声器なしでコンビニへ近づ
   く。
葵「お父さん!」
長谷川「葵なのか。本当に?」
葵「お父さん。どうしてこんなことするの。
 昔はどんな人にも優しかったじゃない」
   葵は数歩コンビニへ近づく。
長谷川「うるさい!」
葵「ずっと会いたかったわ。お母さんも、き
 っとそうよ」
長谷川「俺はもう、きれいごとはやめたんだ。
 そんなの何の足しにもならない」
葵「お父さん。お父さんの辛かったことは消
 えないし、このお店に迷惑かけたことも消
 えないわ。でもお父さんは人を撃ったり
 しない。私、お父さんのこと信じてる」
   長谷川の銃が震えている。
葵「銃を捨てて投降して。きっとやり直せる
 わ、お父さん。私がいるもの!」
長谷川「葵……」

○コンビニの裏口
   特殊な装備の警官達が裏口から侵入す
   る。

○コンビニの入り口・コンビニ内
   長谷川が人質に銃をつきつけている。
   長谷川は物音に気付き、店の奥へ銃を   
   向けて慌てる。
長谷川「うわあ」
   特殊部隊の警官たちが店の奥から現れ
   る。長谷川は店の奥に向かって銃を撃
   つ。銃声がして、長谷川が膝から崩れ
   おちる。コンビニの外で、葵が銃を構
   えている。葵の拳銃の銃口から煙が出
   ている。
   長谷川の首から血が流れている。
   葵はふらふらと歩きコンビニの壁にも
   たれかかる。葵の髪は乱れている。コ
   ンビニ前の警官たちが一斉に走り寄る。
岡田「長谷川さん!」
   岡田は走りより、葵の肩を抱く。葵は
   返事をすることができない。


桜下美人

 人 物

立野山雪(40)絵師
村田勘助(25)その弟子
元明(45)法師
さち(40)茶屋のおかみ
長屋の住人たち
茶屋の客

○江戸・俯瞰
   江戸の街並みである。

○立野山雪の長屋・外観
   長屋はどれも粗末な作りである。1室
   の戸が開いており、怒鳴り声が聞こえ
   る。

○同・立野山雪の部屋の中
   村田勘助(25)が座っており、そ
   の前に立野山雪(40)がいる。立野は
   屏風に絵を描いている。長屋の住人た
   ちが数名、戸口から覗いている。
村田「お師匠、今日という今日は我慢ならね
 え。長屋のやつらがなんて言ってるか知っ
 てますかい。お師匠がヒゲも剃らず一心不
 乱に絵を描いてるから、立野山雪じゃなく
 て、立野熊五郎なんて言われてやすぜ」
立野「言わせておけ」
村田「最近の師匠は普通じゃねえ。飯もろく
 に食わねえ、夜中に飛び起きて走り出す…。
 その屏風の注文を受けてからだ」
   立野が一心不乱に描いている絵は、
   桜の木の下に女性が立っている美人画
   である。
村田「お師匠の美人画は北斎にだって負けね
 えよ。仕上がれば傑作になる。けど、絵よ
 り大事なものだってあるだろう」
立野「男にはやらねばならん仕事がある。俺
 の体の心配をしてる暇があったら、てめえ
 の絵を描いたらどうだ。だから、いつまで
 経っても下手くそなんだ」
   立野は床に置いてある絵を指差す。
村田「うるせえや。俺の絵はどうだって…
 …。とにかく、今は普通じゃねえって。う
 ちのばあちゃんが狐憑きになったときとそ
 っくりだ。知り合いの坊さんを呼んだから。
 大変な法力をお持ちなそうだ。師匠の憑き
 物も払ってくださるから」

○箱根の茶屋
   茶屋で旅装の坊主の格好をした元明
  (45)が軒先に座っている。さち(40)
   がお茶と団子を運んで来て元明の横に
   置く。元明は頭の傘を外す。茶屋の目
   の前には大木がある。
さち「よういらっしゃいました。お疲れで
 しょう」
   元明はお茶を受け取り軽く頭をさげる。
元明「立派な大樹ですな」
さち「ええ。春には満開になる桜の木でござ
 います」
元明「それは見てみたいものです」
   さちは木を見上げる。
さち「私が若い頃から変わらないんですよ」
元明「若い頃から? では、おかみさんはそ
 んなに長い間この茶屋を?」
さち「はい。この木があったから茶屋を開い
 たようなものです」
   さちは困ったように笑う。

○立野山雪の長屋・外観(夜)
   長屋の一室に旅装の元明が入っていく。

○立野山雪の部屋の中(夜)
   立野と村田と元明が向かい合って座っ
   ている。立野は渋い顔をしている。
立野「うちの馬鹿弟子がお坊さまをお呼び立
 てしたそうで、申し訳ない。だが、俺
 は狐憑きなんかじゃないんです」
村田「お師匠! すみません、師匠が。あの
 う、文でお話した通り、師匠はある絵の注
 文を受けてから、飯も食べねえしその、具
 合がよくなくて」
元明「その屏風」
   立野、村田、元明は屏風を見る。
元明「とても美しいひとですな。私は絵のこ
 とは何もわかりませんが、それでもその屏
 風が素晴らしいことはわかります。まるで
 その場にいるかのようです」
   立野は渋い顔をしている。
立野「勘助。今夜は寒い。お前、蕎麦屋でも
 呼んできてくれ。それを夕めしにしよう。
 お坊さまもお疲れだろう」
   × × ×
   村田は部屋から出て行く。
立野「お坊さまには悪いが、本当に狐憑きや
 妖怪の類じゃありません。俺がうなされて
 大声で叫んだりするもんだから、弟子に心
 配かけちまいまして」
元明「法力で解決できることかはわかりませ
 んが、御仏の教えにはこの世の苦難を受け
 入れる方法もございます。よろしければ、
 話してはいただけまいか」
   立野は顔を手で覆って話し始める。

○イメージ・桜の木の下(夜)
   桜の木の下に優しそうな美人の女性が
   立っている。桜の花がゆっくり散る。
立野の声「俺は若い頃、一緒になる約束をし
 た女がいたんです。けど、絵の仕事が忙し
 くなって、江戸へ出て、約束が果たせなか
 った。いいとこの娘で駆け落ちの約束まで
 したのに。俺は絵で名を成したが嫁はもら 
 わなかった。美人画の注文を受けてその女
 を描く気になった。けど、なんて馬鹿なこ
 とをしたんだという気が日に日に強くなっ
 て飯も喉を通らない」

○立野山雪の部屋の中(夜)
   燭台の灯りの中で立野と元明が向かい
   合っている。
立野「けども、後悔すればするほど美人画は 
 いい絵になっていく。あの時約束通り、
 落ち合って駆け落ちできていればという
 気持ちがそうさせるんでしょう」
   立野は頭をふる。
立野「怪異でもなんでもありません。ただ、
 神経が弱ってるだけです」
元明「なる程」
   元明は少し考えてから口を開く。
元明「どうでしょう。その美人画を仕上げて、
 江戸一番の絵師になりたいですか。それと
 も、やり直せるならそのおなごと約束を果
 たしますか」
立野「ええ?」
   立野は怪訝な顔をしている。
元明「真剣にお答えください。絵を仕上げて
 名を成したいですか。おなごとの約束を果
 たしますか」
   立野と元明は見つめあっている。

○箱根の茶屋・外観
   よい天気でひばりが鳴いている。桜の
   木に花が咲いている。

○箱根の茶屋・軒先
   桜の木は満開である。
   旅装の立野と村田がやってき、軒先に
   座る。他にも茶屋の客がおり、賑わっ
   ている。さちがお茶と団子を持ってく
   る。
さち「よくいらっしゃいました」
元明「お久しぶりです。満開ですな」
さち「ええ」
村田「お初にお目にかかります。お師匠の一
 番弟子の、勘助ともうします」
   村田は頭から笠を外し、少しおどけて
   頭をさげる。
さち「あれ、うちの人の。それはそれは、お
 世話をかけたでしょう」
   さちは頭をさげる。さちと村田は顔を
   上げて微笑みあう。
   村田は団子に目をとめて皿を手に取る。
村田「あれっ。この皿もしかして師匠の?」
さち「ええ。うちの人が絵つけをしたんです。
 可愛いでしょう?」
   皿は桜の柄である。

○ 山道
  旅装の村田と元明が歩いている。
村田「あの気位の高い師匠が山ん中で皿づく
 りとはなぁ。江戸にいたときは考えられね
 えや。よく、ふたりを引き合わせられまし
 たね」
元明「屏風の絵の木と、この茶屋の木が似て
 いたし、絵のおなごも茶屋のおかみの面影
 がありましたから。これも御仏のお導きで
 す」
村田「あの屏風はもったいなかったけどな…」
   村田と元明は山道を去っていく。

○箱根の茶屋・軒先
   立野とさちが軒先に座って、一緒にお
   茶を飲んでいる。立野は髭をそり明る
   い顔である。

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